いとしの革小物たち ハンドメイド レザークラフト Aster*isk


by 革り小物 Aster*isk
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ボラバス初体験

ゼロ泊1日。復興支援プロジェクト@石巻。

(金)夜、新宿発のバスに乗り、早朝石巻入り。
朝9時~15までボランティア活動して
16時発(土)の23時着予定のボランティアバス、
通称“ボラバス”初体験してきました。
(途中ハプニング有りでしたがそれも思い出(^^;)

時間のない人には丁度よくリピーターも多いらしいです。

ワタシは今までガテン系らしい事をまともにしてないので
経験してみないと…と以前より強く希望してました。

しかし仕事も子どももいるし、ご主人は理解はあっても
休みがバラバラなのでなかなか行けませんでした。

運良く直前で申し込みましたが、
子どもたちはいつも通り友人宅へ預けて出発。

いつも思うのは…
周りにうんと助けられているということ。
『私には被災地へいけない分、うちで預かって安心して行ってきて。
それが私に出来る事』と友人。

うん。感謝。すべての事に感謝しよう。
みんなのお陰様だ。

ワタシには皆から託された想いも一緒に届ける使命もあるんだと。

あ、でも今回はマンパワーの大変さを身を持って実感しましたよ。

一人の力は小さくても沢山集まれば…

集まれば…?
沢山いても1日で出来る作業の量は
予想外に少なかったのかも。

(作業前)
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(作業後)
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それでもキレイになった状態を見て
依頼者の方は
安心して子供を遊ばせられると言ってもらえて良かったです。
子どもが嬉しそうだったのが何よりでした。

お家の庭に流れ込んだヘドロや瓦礫。
乾燥したヘドロは軽いけど、
土の下にあるヘドロはベッタリしたまま。しつこく残る。
よく見ると無数にあるガラスやゴミはガラ袋で相当数になりました。

ハエの量には驚きました。
無数です。人がいるだけで寄ってきます。
(お食事中の方はゴメンナサイ)
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もう一カ所は側溝のヘドロ出し。

最初は、泥出しでしょって軽く聞いてました。
ヘドロの厚い層を撤去するとたまっていた
水が流れて物凄い臭いでした。

今回同行した初石巻のみんなは
本当に最後までめげずに頑張ったな。
スゴイ根性だわ。
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もうあれから4ヶ月半。
なのに、いまだ手付かずの所も。
もっと、もっと人手がいるのが現状なんだ。
(参加した方々の感想)
自分の出来る事はちっちゃくても
力になりたい。
もっと役にたちたい。
何が出来るかすぐに思いつかなくても。
何かしたいと思っている人たちに
声をかけていきたい。


最後に…。
この時期になり
支援する側は日々変わる情報に
迷い考え続けている。

支援を受ける側も
今まで通りでいいのかと自問自答。

私も考え続けている。
迷い続ける。
どうすれば…。

有り難い事に指摘したりアドバイスを
くれる仲間もいる。

一人の人を大切にしていきたい。
多分大きな事は出来ないし。

素敵な言葉を教えてくれた人がいます。
『出来る事を出来る人が。
   出来る人が出来る事を』

     続けていく事が大切

2011.07.16
by consense | 2011-07-17 23:04 | プライベート
1ヶ月ぶりに見る街並みは、
駅前の通りも国道沿いも随分片付けられている印象だった。

あれから100日以上が過ぎてしまった。

石巻市の果て、北上川に沿った道路は地面が
アスファルトごと津波に押し流されていた。

山の斜面の瓦礫の山。
クレーン車のそばでは、慎重に作業する人たちの姿が。
まだなお遺体の捜索がされていた。

そんな光景を日常にスクールバスが山の方へ走り抜けていく。

人里離れたような場所には民宿で共同避難して暮らす人たちもいた。
物資の行き届かないお宅を地元ボランティアと手分けして
一軒ずつ話しを聴いて回ったが、
まだその表情は町の人々と比べて
穏やかにも見えたからなんだか不思議だった。

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それから石巻の自宅避難者のお宅へ
リクエストのあった物資を届けに行った。

あるご夫婦から沢山のお話を聴いた。
避難所暮らしの方と自宅避難者。
散々な理不尽な目に遭ってきて、
その悔しさをどこにもぶつけられずに耐えていた。
こらえきれない怒りを涙ながらに訴えてくれた。

私は・・・、
初めて会った方と強く手を握っていた。

自分がしなきゃ誰がするという
駆り立てられるものがあったから。
今でもあの怒りに満ちた目は忘れられない。

避難所を訪れた時はまた違う印象を持った。

腰の高さで区切られたパーテーションは
立っていると全体が丸見えで
見られたくない人は静かに息を潜めているように見えた。

誰も挨拶をしても目をあわせない。
背中からその疲れを感じ取ってしまった。
体育館の中はひっそりとした感じで活気もなかった。

そこから歩いてすぐに仮設住宅があり
先月来た時にはなかった集会所が出来ていた。
雨のせいか誰にも会えなかった。

気仙沼の自営の家と作業場を津波と火事で失い
山のふもとの倉庫だった場所で仕事をしている方を訪問した。

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仮設住宅への入居が決まり案内してもらった。

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そこで補助輪つき自転車や足りないものをお渡しできた。
仮設住宅と言っても石巻とは随分作りが違うんだなという印象。

その後、気仙沼高校の高校生避難所を訪問し衣類やバスタオルを。

それぞれに違う状況の高校生たち。
でも元気そうで何よりだった。

進路を決める焦りもあるし、あらゆる困難もある中で
今は前を向いていこうとする意欲も感じたから心強かった。

友情が一番の宝なのかも・・・。

石巻の復興イベントの発起人で
(金華サバの缶詰で有名な)
木の屋の社長、副社長さんたちと
熱い話で盛り上がった。
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今の状況、これからの事。
3.11当日の事。
何も知らなかった事ばかりだった。

当日の長い夜の話を聞きながら、
その時私は何をしていたか思い出していた…。

テレビから流れる映像を観ながら
動けないでいただけだった。
家族を守るために
買いだめに走ろうとしていただけだった。

同じとき 彼らは、
生きるために必死で声を上げ続けていたと…。

冷たい津波が学校まで押し寄せて
家からゴムボートを引きながら子どもたちを迎えに行った事、
しばらく近所の人たちと30人近くで身を寄せ暮らしていたと。
食べるために潰れた家から食糧を持ち寄ったりしたこと。

ゆっくりと丁寧に説明してくれた
彼の目も忘れない。
優しい表情の中には、
この街を愛してやまない本物を感じた。

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今回も頭ではわかっていても
整理のつかない事も沢山あった。

今 必要なものを 必要な人へ。

物の支援も大事だけど
心の支援が大切だと・・・

時間はかかる。気の遠くなるほど。
でも忘れないし全力も尽くそうと
誓った。



2011.6.27~30
by consense | 2011-07-07 01:23 | プライベート
私の応援するボランティア団体
福島復興プロジェクトβ 
FFPB関東支部がついにオンラインショップオープン☆

オリジナルグッズに
コラボ商品の販売をスタートしました。
オンラインショップオープン
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売り上げ金のすべては
福島復興支援金として寄付するそうです。

私は今回キーホルダーで参加させてもらってます!
Tシャツもステキです。早く買わないとなくなっちゃうかも!
by consense | 2011-07-04 01:44 | その他